1,はじめに
平成29年6月2日,民法の一部を改正する法律が公布され,一部の規定を除き,平成32年(2020年)4月1日から施行されることになりました。そこで,今回の記事では,交通事故損害賠償の実務に影響する改正後の民法の内容について説明したいと思います。
2,法定利率
まず,法定利率について,現行民法では年5%で固定されていますが,改正民法では,以下の変動制に変更され,その利息が生じた最初の時点での法定利率が採用されることになります。
①平成32年(2020年)4月1日の施行当初の法定利率は年3%
②利率は法務省令の定めに従って3年毎に見直しを行い,直近の期の基準割合(法務大臣が告知する)と当期の基準割合の差に相当する割合を直近変動期の法定利率に加算又は減算する。
そのため,法定利率で算定する遅延損害金の額は,少なくとも改正民法の施行当初は,現行民法で算定するよりも低額になります。例えば,100万円の損害賠償請求権がある場合,現行民法の定める法定利率(年5%)で計算する遅延損害金は1年で5万円ですが,改正民法の施行当初の法定利率で計算する遅延損害金は1年で3万円(年3%)となります。
3,中間利息控除
逸失利益(交通事故で負った後遺障害により減った収入)などの将来に取得するはずだった利益は,その利益を取得するはずだった時までの利息相当額を控除(中間利息控除)して算定しています。従来はこの中間利息控除を年5%の法定利率で行っていましたが,上記のとおり,法定利率が変更となるため,改正民法では,平成32年(2020年)4月1日の施行日に年3%から開始する変動制の法定利率で中間利息控除が行われることになります。
そのため,基礎収入や労働能力喪失期間などの条件が同じでも,改正民法をもとに算定される逸失利益などの損害額は,現行民法をもとに算定される損害額よりも高額になる可能性があります。
具体的には,後遺障害14級が残った場合,「基礎収入×労働能力喪失率5%×5年の労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数」で逸失利益を計算することがあります。現行民法の法定利率(5%)で中間利息控除を行う場合の5年の労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数は4.3295,改正民法の施行当初の法定利率(年3%)で中間利息控除を行う場合の5年の労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数は4.5797となるので,基礎収入400万円の方が後遺障害14級を残した場合,現行民法と改正民法の施行当初とでは以下の通り逸失利益の金額が違ってきます。
【現行民法の法定利率(5%)で中間利息控除した場合】
400万円×5%×4.3295=86万5900円
【改正民法の施行当初の法定利率(3%)で中間利息控除した場合】
400万円×5%×4.5797=91万5490円
4,消滅時効
改正民法では,不法行為による損害賠償請求権は,「被害者及びその法定代理人が損害及び加害者を知った時」から3年,「不法行為の時」から20年で時効により消滅することになります。
ただし,人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権は,「被害者及びその法定代理人が損害及び加害者を知った時」から5年,「不法行為の時」から20年で時効により消滅します。
改正民法では,長期20年が除斥期間(経過後の権利行使を排除する期間)でなく消滅時効期間となります。また,時効完成までの短期の消滅時効期間が,現行民法では物損も人損も3年ですが,改正民法では,物損3年,人損5年となります。
5,不法行為債権を受働債権とする相殺
現行民法では,不法行為によって生じた債権を受働債権(相殺しようとする者の相手が有する債権)とする相殺は禁止されていますが,改正民法では,①悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務及び②人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務を受働債権とする以外の相殺は可能となります。なお,①の「悪意」は単なる故意では足りず害意まで必要とされます。
これまでは,物損同士の相殺を合意により処理してきましたが,改正民法では,当事者の一方の意思表示で物損同士の相殺をできるようになります。
6,書面による合意を理由とする時効の完成猶予
改正民法では,当事者間で権利に関する協議を行う旨の書面による合意があった場合に,時効の完成が猶予(一定の場合に時効の完成が妨げられること)されます。
これにより,当事者間での協議中に時効の完成が間近になったとしても,債務の承認や訴訟の提起まですることなく,書面による合意によって時効の完成を猶予させ,協議を継続することができます。
7,改正民法が適用される時期
平成32年(2020年)4月1日から改正民法が施行されますので,施行後に発生した交通事故に関して改正民法が適用されます。ただ,中間利息控除の基準時を症状固定の時とするか事故の時にするかといった,解釈により改正民法の適用される時期が左右される問題もありますので,問題となる場面ごとに弁護士などへの専門家へご確認ください。
8,最後に
以上のとおり,民法改正により交通事故損害賠償の実務も変化を余儀なくされ,過渡期には混乱が生じる可能性もあります。疑問や不安を感じた場合には弁護士へ相談して解消することもご検討ください。