1,はじめに
交通事故に関して,前回は,「過失相殺」に関する記事を掲載しましたが,今回は,損害の公平な分担という過失相殺と同様の理念に基づいて損害額の調整が行われる,損益相殺,好意同乗(無償同乗),素因減額について説明します。
2,損益相殺とは
交通事故の被害者が事故を原因として何らかの利益を得た場合で,その利益が損害の填補であることが明らかなときは,その利益相当額を損害賠償額から控除することがあります。これを損益相殺といいます。
損益相殺による控除が認められる例としては,①受領済みの自賠責損害賠償額,②厚生年金保険法,労災保険法,健康保険法,国民健康保険法,及び国民年金法などによる各種社会保険給付の受領済額,③死亡事案の場合の死後の生活費相当額などが挙げられます。
他方,損益相殺による控除が認められない例としては,①生命保険金,②労災保険法による特別支給金,③社会儀礼上相当といえる額の香典・見舞金などが挙げられます。
3,好意同乗(無償同乗)とは
好意により(無償により)他人を自動車に同乗させることがありますが,その状態で事故が発生したときに,運転手などの責任が減免されるかという問題です。
なお,運転手などと同乗者の間に身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられるような関係がある場合には「被害者側の過失」(「過失相殺」の記事をご参照ください。)の問題になりますので,好意同乗(無償同乗)は,そういった関係がない場合の問題という位置付けになります。
この問題は,実務上,単なる好意同乗(無償同乗)というだけでは損害の減免は認められず,同乗者に事故の発生や損害の拡大について非難すべき事情がある場合に減額が考慮される扱いとなっています。
具体的には,飲酒運転や無免許運転になると知っていたのに同乗したこと,運転手の危険運転やスピード違反を止めず招いたこと,シートベルトを装着していなかったことなどの事情が,裁判例において損害を減額する事情として考慮されています。
4,素因減額とは
被害者が有していた精神的傾向(心因的素因)や既往の疾患や身体的特徴(体質的・身体的素因)が損害の発生や拡大に影響を及ぼしたとして,その寄与度に応じて加害者の責任を減額するべきかという問題です。
心因的素因を理由とする素因減額
心因的素因については,最高裁昭和63年4月21日判決(民集42巻4号243頁)が,心因的素因を理由とする素因減額を認めています。もっとも,この判例は,特殊な事案について判断したもので,一般論として心因的素因を理由とする素因減額を認めることを示した判例とまでは考えられていません。
実際,上記の最高裁判決が出た後も,東京地裁平成元年9月7日判決が,被害者は「精神的打撃を受け易い類型の人間」ということを認定する一方で,「加害者は被害者のあるがままを受け入れなければならない」などと述べ,心因的素因を理由とする素因減額を否定する判断をしています。また,過労自殺の事案に関してですが,最高裁平成12年3月24日判決(民集54巻3号1155頁)が,被害者のまじめで責任感の強い性格が損害の発生ないし拡大に寄与した可能性を認めつつも,「個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り」,心因的素因を理由とする素因減額は認められないと判断しているのが交通事故の事案でも参考になります。直近では,東京地裁平成27年3月31日判決が,治療後に身体表現性障害(身体的な疾患や異常がないにもかかわらず様々な身体症状が持続する病気の総称)が残ったことにはストレスなど事故以外の原因が影響している可能性があることを認めながら,結論としては心因的素因を理由とする素因減額を否定する判断をしています。
上記の判例・裁判例の動向をみますと,心因的素因に関しては,その存在が認められれば直ちに素因減額されるわけではなく,損害の公平な分担という理念を実現する妥当な解決を図るため,各事案の具体的事実を踏まえ慎重に判断する扱いになっていると考えられます。
体質的・身体的素因を理由とする素因減額
判例上は,被害者が,平均的な体格や通常の体質と異なる「身体的特徴」を有していたにすぎない場合は体質的・身体的素因を理由とする素因減額を否定していますが,身体的特徴を超える「疾患」を有している場合は素因減額を肯定しています。
具体的には,被害者が事故の1か月前に一酸化炭素中毒に罹患して約2週間入院していた事案(最高裁平成4年6月25日判決(民集46巻4号400頁))と,被害者が事故前から頚椎後縦靭帯骨化症に罹患していた事案(最高裁平成8年10月29日判決(交民29巻5号1272頁)について,体質的・身体的素因を理由とする素因減額を肯定しています。
他方,被害者が平均的体格と比べて首が長く多少の頚椎の不安定症があった事案(最高裁平成8年10月29日(民集50巻9号2474頁))については体質的・身体的素因を理由とする素因減額を否定しています。
5,最後に
損益相殺,好意同乗(無償同乗),素因減額が適用されるかどうかという点につきましては,具体的な事実を確定し,専門的な視点で検討することが必要になることがあります。そのため,問題になる可能性がある場合には,ぜひ専門家にもご相談ください。
以上